聖書と“壺”はセット売り?

聖書と“壺”はセット売り?

ボク「最近聖書読んでるんだ〜」
友達「え、ツボ買うの?」
ツボ職人「まいどありっ!」

聖書 = 宗教 = ツボ購入

この方程式が日本人に定着したのはいつからでしょう?

ー 1687年
ニュートンはケプラーの法則に運動方程式を適用して「万有引力の法則」を公表しました。
この法則により、地球の質量も簡単に測定が可能になります。

ー 2021年
何者かによって発見された、聖書を読めば洗脳され、ツボを買ってしまうという「ツボ購入の法則」により、聖書は偏見に満ちてしまいました。

念のため確認ですが、
ボクらは“まだ”壺は購入していません。笑

(これからもずっと、というのはボクの推測にすぎませんが、7年通っても購入していないというのは、事実です。)

話を戻し…、

聖書 = 宗教 = ツボ購入

という方程式について、詳しく見てみると

「聖書」と「ツボ購入」という単語自体には、賛否のないように思えますが、「宗教」というのが厄介な感じがします。

さらに解(ほど)いてみると、
宗教うんぬんというより、「洗脳」というイメージが先行しているように思えます。

例えば、
外国人留学生の信仰している宗教の話を聞いても、お店で宗教を理由にお肉を食べない外国の方がいても、我々はすんなり受け入れるじゃないですか。

つまり「宗教」に対して抵抗感があるのではなく、洗脳され自我を失うことを恐れているようです。

つまり!

宗教 = ツボ購入

という方程式は誤りであり、正しくは

洗脳 → ツボ購入

の十分条件の式になります。

ええと、つまり…

悪い大人には気をつけましょう、ということなのでしょうか。

はい…、ではここで一句。

「求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。」
【マタイによる福音書 7:7】

もしかしたら、あなたの求めている答えが「聖書」の中にあるかもしれません。

そのきっかけを、誰かの偏見方程式によって失ってしまうのは少々勿体ないのかなと思い、筆をとらせていただきました。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

では。ぺいおでした。